大和寝倒れ随想録

勉強したこと、体験したこと、思ったことなど、気ままに書き綴ります

2024年4月14日 礼拝説教 『シャハトの世界』

 創世記6章9節から22節をお読みいたします。

 ノアの系図は次のとおりである。ノアはその時代の人々の中で正しく、かつ全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。ノアはセム、ハム、ヤペテの三人の子を生んだ。

 時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。神が地を見られると、それは乱れていた。すべての人が地の上でその道を乱したからである。そこで神はノアに言われた、「わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう。あなたは、いとすぎの木で箱舟を造り、箱舟の中にへやを設け、アスファルトでそのうちそとを塗りなさい。その造り方は次のとおりである。すなわち箱舟の長さは三百キュビト、幅は五十キュビト、高さは三十キュビトとし、箱舟に屋根を造り、上へ一キュビトにそれを仕上げ、また箱舟の戸口をその横に設けて、一階と二階と三階のある箱舟を造りなさい。わたしは地の上に洪水を送って、命の息のある肉なるものを、みな天の下から滅ぼし去る。地にあるものは、みな死に絶えるであろう。ただし、わたしはあなたと契約を結ぼう。あなたは子らと、妻と、子らの妻たちと共に箱舟にはいりなさい。またすべての生き物、すべての肉なるものの中から、それぞれ二つずつを箱舟に入れて、あなたと共にその命を保たせなさい。それらは雄と雌とでなければならない。すなわち、鳥はその種類にしたがい獣はその種類にしたがい、また地のすべての這うものも、その種類にしたがって、それぞれ二つずつ、あなたのところに入れて、命を保たせなさい。また、すべての食物となるものをとって、あなたのところにたくわえ、あなたとこれらのものとの食物としなさい」。ノアはすべて神の命じられたようにした。

(口語訳聖書)

 それでは『シャハトの世界』と題してお話いたします。

 今回の箇所も系譜で始まります。

 ノアの系図は次のとおりである。ノアはその時代の人々の中で正しく、かつ全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。ノアはセム、ハム、ヤペテの三人の子を生んだ。

 古代の神話では、系譜がとても大事にされています。ノアが正しい人であり、神さまと共に歩んでいたということが強調されていますが、他の人々はそうではなかったようです。

 時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。神が地を見られると、それは乱れていた。すべての人が地の上でその道を乱したからである。

 地上の世界がたいへん乱れた様子であったことが語られています。ここでの「乱れる」と訳されている言葉ですが、滅ぼすといった意味合いも持っている「シャハト」という言葉が使われています。なので、「神の前に地上は滅びてしまっていた。そして地上は暴力で満ちていた。そして神が地上を見ると、見よ、それは滅びてしまっていた。肉あるものすべてが、地上で彼の道を滅ぼしたからである」といった翻訳もできると思います。少なくとも、この世界を壊してしまったのは人間の暴力性だというメッセージが、この箇所にこめられているのではないかと思います。

 次に、神さまが語り始める場面に移ります。

 わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう。

 なかなか物騒な台詞です。「すべての人を絶やそうと決心した」まるでファンタジーの悪役みたいな台詞です。ただ、この部分は直訳すると「すべての肉の終わりが私の面前に来た」という感じになります。その後、神さまは人類を滅ぼすと語るわけですが、ここでの滅ぼすも「シャハト」です。これは意図的に繰り返し使われているように思います。

 聖書の大洪水というと、神に背いた人間を洪水で罰するというイメージが強いかもしれません。しかし、元の言語での言葉遣いに注目していくと、印象が変わってきます。罰というよりは、人間が地上を滅ぼしたから、神も人間を滅ぼすという、神さまが人間の行いを鏡で反射しているような印象になってきます。

 そして、神さまがノアに方舟をつくるよう命じられます。

 箱舟の中にへやを設け、アスファルトでそのうちそとを塗りなさい。

 方舟は、中に空間があり、外側はアスファルトで塗り固められていて、水が入ってこないようになっています。天地創造の時は、神さまが水を上下に分けて、間にできた空間に地上の世界を造られました。古代ユダヤの宇宙観では、この世界は水の中にあるドームなのだと信じられていました。ですから、方舟の構造は古代の宇宙観における世界と似ています。

 そして神さまは、洪水について語られます。

 わたしは地の上に洪水を送って、命の息のある肉なるものを、みな天の下から滅ぼし去る。地にあるものは、みな死に絶えるであろう。

 古代ユダヤの世界観では、世界は神さまがつくったドームによって守られています。ですから、地上に洪水を送るということは、世界を守るドームを壊すということ、つまり神さまが世界を守ることを止めるということになります。そして、既に人間の暴力で滅びてしまった世界を守ることをやめて、世界をリセットするという意味合いになります。

 さらに神さまは、ノアとの契約を結ぶと語られ、家族をみんな方舟に乗せ、すべての種類の動物を方舟に乗せるよう命じられます。

 すなわち、鳥はその種類にしたがい獣はその種類にしたがい、また地のすべての這うものも、その種類にしたがって、それぞれ二つずつ、あなたのところに入れて、命を保たせなさい。

 鳥、獣、地の這うもの、種類にしたがい……。これらの言い回しは、すべて天地創造で生き物を指すときに使われている言い回しです。方舟が新たな世界になって、壊れてしまった世界をやり直そうとしているように思われます。

 ノアの方舟といえば、神に滅ぼされる世界の中で、神に従う人々だけが生き延びるお話として語られることが多いように思いますが、この物語のメッセージはそうではないと思います。この物語のメッセージは、人間の暴力性がこの世界を破壊し、滅んでしまったシャハトの世界にしてしまうこと。そして、そのシャハトの世界を立て直すために、神さまと人間が力を合わせるということだと思います。

 そういう意味では、私たちが生きる現代の世界もまた、暴力が満ちて人の道が壊されたシャハトの世界だと言えると思います。そして、イエスさまの元に集まって方舟をつくってシャハトの世界を治療することが、現代に生きる私たちの使命なのだと思います。壊れた世界に降りて来てくださったキリストの慈悲を覚え、一週間を過ごしたいと思います。